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イタロ・カルヴィーノ

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イタロ・カルヴィーノは、イタリアの作家である。若い頃にゲリラ戦の経験があり、「パルチザン闘争に辛うじて間に合った」と後に嬉しげに語っている。しかし近代以降のイタリア人が戦争に弱いことは世界史の常識であり、どの程度の活躍を成したかはやや疑問。もっともデビュー作は自分自身の体験が元ネタになっている。一般に強烈な体験をした人間は作家になるのに有利であるが、「そういう経験をしてしまった時点で人として終わっている」可能性が否定できない(ドストエフスキーの人生などを見ればよい)。

目次

人と作品編集

新しい文学の性質として「軽さ」を提示している。そのために彼の作品を印刷する紙はセロファンのような軽い、薄い紙に印刷されることが多い(そのために彼の著作は必然的に薄くなり、書店店頭で紛失が相次いだ)。またインクもまたできるだけ薄く、軽く印刷する必要があった。彼の奇特な注文は印刷技術の革新を惹起したとして高く評価される。一方でその文章は重くなってしまうことが少なくない(論調だけではなく、長広舌は必然的に本を厚く=重くしてしまう。最終的に「究極の軽さは『無』である」と悟り、作品の執筆を止めてしまった。そして「無」を探求して、座禅の思想に関心をもっていったらしい)。ゆえに「他人に対しては要求したくせに、自分自身は努力が足りなかった」「周囲には熱心にダイエットを勧めながら、自分はジャンクフードで肥え太っている」との批判があった。それに対抗するかのように本人は浮気を重ね、パンツ一丁レストランに出入りし、エッフェル塔の頂上でフランス国家を熱唱した(音痴であり、「母国への冒涜」と新聞で叩かれた)。カルヴィーノは「私はこんなにも『軽い』人間なのだ」と強弁したものの、「それは『軽さ』ではなく『軽薄さ』だ」との声が強まっただけだった。そしてごうごうたる非難にとうとういたたまれなくなったらしい。髪をそって出家し、五穀を絶って即身成仏した。このカルヴィーノのミイラ仏は現在でもミラノの博物館に展示されており、「軽さ」を示すために細い糸で空中に吊るされている。もはや完全に神格化されており、ダイエット志願者や重度の鬱病患者などの国内外からの参拝客が絶えない(それが市の財政に寄与したため、もはや守護聖人として扱われており名誉は回復されている)。

『イタリア民話集』編集

イタリア中の民話を収集した作品で、詳細な注を自ら施している。多分、最大の功績であるといえるが、大量の「注」をつけたことは「軽さ」という常日頃の主張に反するものであったためにバッシングを受けた。夫婦喧嘩ネタが多く、「殺されたふり」をして相手を反省させるというトリックが使用されたりする。しかしいくら腹を立てたからと言って、就寝中の妻を刺殺するという振る舞いは正気とは言いがたい(もともと「意趣返しのために結婚した」のだからまともではない)。また「あくどいやり方で暴利をむさぼった金持ちの金袋から血が流れていた」などのエピソードもあり、最後の物語などからも良心的な印象を与えるのが救いではある。ちなみに日本では岩波文庫から上下巻で出版されている。

『柔らかい月』編集

最初に掲載されている液化したの断片が落ちてくる話が短編集の題名になっている。人類登場以前の、月の雫に埋められた超古代文明の存在を示唆するSF作品である。しかし原題は「ティ・ゼロ」であり、同じ本の中の別の作品の名前がついていた。ライオンに矢を放って、それがどうなるかを執拗に考察した掌編である。一人の愚かな読者がそれを実際に模倣してライオンに噛まれて重態となり、「あんな一瞬にあれだけのことを考えるなど不可能」と言い残して死亡している。物語らしい筋は全くなく、ひたすら推論と思考だけである。論理の筋を追うのが厄介で、「軽い」と見るか「重い」と見るかは読者によって判断が分かれるところだろう。

『見えない都市』編集

マルコ・ポーロが皇帝フビライに対して、無数の架空の都市について物語る。実はものすごく観念論的な作品。全ての都市が「ベネチア」の暗喩であるといった言葉も語られる。「世界地獄なら、それを逃れる方法は二つ。ポピュラーなやり方として自分自身も地獄の一部になるか、それとも危険を覚悟の上で地獄とそうでないものを見分ける目を持とうと努めるか」という哲学的な結びとなっている(「だから?」と言われたらそこまでだが)。観念と現実の境目があやふやになっていくあたり、アニメ映画『攻殻機動隊』に近いテーマ性を持っている。