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ネコ漫画の軛

ネコ漫画の軛(ねこまんがのくびき)とは、実話系漫画の中でかなりのパーセンテージを誇るネコ漫画が直面する、ごく当たり前でどうしようもない話である。

ちなみに「くびき」とは、農耕の際にの首に取り付ける器具のことで、転じて自由を束縛するもの、行動を制限するものを差す。

目次

概要編集

大昔より、自分の飼っている主人公とした作品は数多く存在しており、物語や楽曲、美術作品においても猫の姿は極当たり前の存在として表現されている。これは、猫という存在がいかに愛玩動物として優れているかの証明であると同時に、世界中の表現者たちが、一往にして猫という存在のクビキにかかっていたことを表す話でもある。

猫というもの編集

愛玩動物になる前、すなわち害獣であったを狩るための存在として人類になくてはならない存在だった時代の猫については、特に語ることはない。ここでは、あくまで20世紀後半より生じた一大猫漫画ブームと、それに伴うくびき、そして最強の爆弾について語らなければならない。

ごく当たり前の話編集

本来であるならば、猫を飼うことについて、その飼い主の生活が束縛されることうんぬんと書くのが普通であるのだけれど、そんなものはどこの猫の話でも当たり前のように取り上げられているため、ガン無視する。旅行いけない、急な出費、引き裂かれる壁紙といった話については、別に読者ではなくても普通に想像できる話である。しかし、そんなごく当たり前の話の話の中で、実は最近の猫漫画にさほど取り上げられていない話があり、それに伴う諸問題について多くの漫画家、編集部、そして読者も目を瞑っているのが現状である。

この記事では、細かい話をすっとばし、最強の爆弾についてを説明するにとどめる。

まぁ、単純な話である。猫は死ぬ

・・・で、こんな短文でありながら、けっこうな数の読み手がけっこうな精神ダメージを食らった光景が目に浮かぶのはなぜだろう

なお、こんな単純な話であるけれど、すでに大きな問題と化しているように、多くの猫漫画の中で、飼い猫の死が取り上げられることは少ない。あわせて、ある程度、人気のある猫漫画ほど、ある時期を境として、作品が作者ごといなくなる。物語の結末うんぬんとか詳しい経過をぬきに、冗談抜きで作者ごといなくなる。本来であるならば、こちらのほうがよっぽどの大問題である。しかし、いかんせん、の話であり、生きとし生けるものの宿命である。

猫漫画とは、かくのごとく恐ろしい運命の中にある物語であることを、読者もまた理解しておかなければならない。

これもまた当たり前の話編集

ちなみに、実話系の猫漫画における猫の死とは、連載中の作品の主人公が現実から突如いなくなり、さらに作者もまた心に大ダメージを食らう中で無理やりに物語を最終回へ突入させねばならないという、どう考えても拷問に等しい一連の行為のスタートに他ならず、その結果、その作者がその猫漫画を存続できる可能性はまずない。あったら奇跡。もしあるとするなら、1匹ではなく数匹飼っており長患いで覚悟できていた、書き溜めていた話で作者の精神的ダメージを癒しつつ次の猫を飼い始めた、作者が夏目漱石だった、そんなごくわずかな可能性以外、猫の死という最終兵器の被害をやり過ごす方法は存在しない。そして、もう一つ考慮しなければいけない話として、猫の死というものは、往々にして猫漫画以外の作品を創作する作者たちにとっても、看過できない傷を残すことである。

代表的な例として、夏目漱石の弟子であった随筆家の内田百閒は、1957年、68歳のときに愛猫の「ノラ」が行方不明になって以降、まるで最愛の人ベアトリーチェを失ったダンテ・アリギエーリのように苦悶し、それまでの文学者として築いてきた名声地位、名誉その他ウンヌンをまるでなかったかのように右往左往する。軽妙洒脱なエッセイで人気が高く、筋金入りの鉄道ファンとして名高い百鬼園先生ですらこの体たらくである。

そのほかの猫飼いについては言わずもがな、ということである。もっとも、愛猫のノラを失ったことで、その後、日本文学における猫随筆の金字塔「ノラや」が完成することになり、発表から50年以上経過した2010年現在でも、猫関連の名文として、吾輩は猫であるに続く栄誉に属している。

そのほかにも、愛猫ミーくんを亡くした松本零士還暦を越えてまで亡き愛猫の作品を発表したり、愛猫チロの死を写真に収めて展覧会まで開いた70歳の荒木経惟(アラーキー)といった、超一流のアーティストの名にふさわしい面々が、その年齢にとてもふさわしいとは思えない心の傷を人々に見せ付けている。

笑顔で。

結局のところ、こういった表現の世界を切り開いてきた猛者達であっても、猫の死という爆弾が爆発したときに、その心を守る術を持たないということを、「笑顔」という一言は明確に示している。示しすぎている。そのため、実話系猫漫画の作者たちが、ある日突然、雑誌からいなくなるという状況も、ある意味致し方ない。

ある実話系猫漫画の話編集

1990年代初頭、4コマ漫画雑誌の老舗まんがタイムにて「あにゃんがポン」という猫漫画がスタートする。北海道在住の作者と2匹の猫「ポン」と「クロ」そして家族とのかかわりをまったりと描いたこの作品は、実話系猫4コマの嚆矢として読者の人気を獲得。連載はその後、1990年代の終わりごろまで続き、単行本も4冊上梓する。

そして、突然に消える

まぁ、普通に考えれば作品として支持を得られなくなったということで、編集部から切られたと思うのが妥当なところであるけれど、いかんせん、猫漫画である。まったりと楽しんでいた読者が「あぁ、ついに・・・」と思ったのもまた仕方のない話である。なお、「あにゃんがポン」の作者であるかわばたひろみさんは、その後、数年を経てから別の猫を主人公にした漫画を数編執筆している。

なお、この件についてはもう一つ、実に運の悪い話が存在しており、同じく90年半ば頃、同じまんがタイムに掲載されていた作品に「K河家の次男坊」というとその家族を描いたストーリー漫画があり、しかもその扱っていた内容が、寿命が短いこと(10歳程度)で知られる大型犬のゴールデン・レトリバーと家族のまったりとした犬飼いとしての日々・・・。さらに、作中において主人公である「ボス」が大病を患うなんという話まで存在しており、なんとか命をつなぎとめて作者も読者も皆安堵して・・・その直後、作品ごと突然に消える

その不可解な経緯について、読者は特に何も言いませんでした。「あぁ、ついに・・・」。

最終的に、この2つの作品が残した教訓は、実話系動物漫画の突然の終了は、愛読者にも大ダメージという、かなり厳しいものであった。

その後、まんがタイム系列各誌から、実話系動物漫画の連載が消えることになる。ちなみに、「あにゃんがぽん」、「K河家の次男坊」両作ともまんがタイムにおいて読者から一定の評価を得ていたことの証左である連載回数50回を大幅に超えている。その分、読者のダメージも大きかったけど。

あわせて、1990年代に愛猫「ゆず」を描いた漫画で各種4コマ雑誌で活躍していた須藤真澄さんは、2006年にゆず(享年16歳)との別れを描いた作品を単行本で出している。やわらかいタッチで描かれる愛猫の死と、その死を受け入れる作者の姿を淡々と描いた作品「長い長いさんぽ」は、多くの猫好きから絶大な支持を受けることになる。まぁ、古くからの読者が「あぁ、ついに・・・」と嘆いたことは確かだけれど、作者が乗り越える姿を見て、読者もまた大ダメージを受けつつそれを乗り越えることが出来るという話でもある。

怖い話編集

なお、ネコ漫画の軛の最も恐ろしい点は、猫を飼う漫画家の多くがいずれ大ダメージを受けることが丸分かり、確定、致し方ない、どうしようもない、という宿命が存在していることである。そして、2010年12月現在、主要4コマ雑誌に限定したとしても、思いつくだけで竹本泉みずしな孝之山野りんりんといった作者達がネコ好きを自称し、なおかつ、その猫を作品内に登場させている。そもそも、ネコ漫画の専門誌まである段階で、ある意味、爆弾の見本市&次の被害者一覧表。そして、そのことを知らない多くの読者たちは、猫と漫画家のまったりした生活を面白おかしく見届けつつ、爆風の範囲内に足を踏み入れるのである。

そして、数少ない、爆風で心にダメージを負うことを知っている読者たちもまた、猫を愛する作者たちによる魅力的な作品を望みつつも、心のどこかで被害に巻き込まれたくないという、ある意味、二律背反的気分にさせられる。させられまくる。この段階で、読者の首にはががっちりとはまっている。

まぁ、仕方のない話であるけれど。

ちなみに、夏目漱石は、愛猫の死に際して即座に猫の死亡通知書を関係者に配布し、猫の墓を立て、そこに一句添え、愛猫の死を描いた随筆「猫の墓」まで書き、さらに当時連載中だった日本文学史に残る名作「三四郎」を滞ることなく完成させた。こういったレベルで愛する存在との別れを創造への意欲へ変えるのは、世界の文学史に残る傑作「神曲」を描ききったダンテと同じである。そして、こういったことをするからこそ、文学史にその名を刻んでいると言える。

けれど、そんなレベルの話を猫漫画の作者に求めるのは、いかんせんムリってえものである。そのため、読者としてはいつまでもいつまでも、その爆弾が爆発しないことを切に願い続けるしかない。

ムリだけど。

本当に、ムリだけど。

関連項目編集