メインメニューを開く

Uncyclopedia β

ルバイヤート

柿.jpg 下ネタ記事執筆コンテスト2010

ルバイヤート(ペルシア語: رباعیات‎)は、11世紀のペルシャ(現在のイラン)を生きた学者・詩人のウマル・ハイヤームが編纂したとされる詩集である。中世イスラム文学の最高峰とも言われ、19世紀ヨーロッパにて再発見がなされた後、2010年現在まで多くの読者を獲得しつづけている。

目次

概要編集

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ルバイヤート」の項目を執筆しています。

ルバイヤートとは、ペルシャ語で四行詩を意味する「ルバーイイ」の複数形である。日本語に直せば「四行詩集」になるこの言葉はしかし、作者であるウマル・ハイヤームのものがあまりにも有名でありすぎたため、現在ではその言葉はこの作品にのみ冠されるようになっている。

ただし、この詩は作者の存命中に作成されてはいたけれど、明らかにイスラム教に反する、むしろ冒涜するような内容から、発表を差し控えていたとされる曰く付きの作品である。しかし、その死後に友人達の間で広まると一気に巷間にあふれ出し、偉大な学者として知られていたオマル・ハイヤームは、後世にはむしろイスラム文学における卓越した詩人として伝わることになる。

しかし、ルバイヤート自体は、いかんせんその内容が内容であるため、巷間には広まったものの、その後の激動の歴史の中で一度散逸し、後世にその全てが伝わることはなかった。現在、確実に彼の作品として見なされる詩は13首しかない。もっとも、イスラム教で禁じられた存在であるの素晴らしさを高らかに歌い上げた作品が多かった以上、至極当然な話である。その散逸した詩を懇切丁寧に拾い上げたのは、19世紀のイギリス詩人エドワード・フィッツジェラルド。彼は19世紀のヨーロッパに伝わった多くのアラビア詩の中から、オマル・ハイヤームの詩とそうではないかなあと思われる詩を、自らのセンスで一つ一つ選出していく。

・・・自分の詩もまぜて

その後、失われたイスラム世界の詩として発表された150首の内容に多くのヨーロッパ人が驚愕することになる。まず、内容に驚愕し、そしてそれが700年も前の作品であることに二度びっくりした。その後、三度目に読者が七転八倒した件については後述する。もっとも、お茶目なフィッツジェラルドのいたずらについては、その後、ちゃんとしたイスラム文学研究者たちの調査が行われ、当然のごとく露見するわけだけれどもね。最終的に、イランの高名な詩人によって再び選出が行れた結果、先に知られていた確実と見なされる13首のほか130首をオマル・ハイヤームの作品、もしくは彼の人生観に沿った作品と見なし、現在知られているルバイヤートの基本形が完成することになる。

内容編集

中世イスラム文学の最高峰とされるルバイヤートの内容はしかし、イスラム教の内容とはひどくかけ離れたものが多く見られるのが特徴である。イスラム教で禁じられたを賞賛する内容は全編にわたって散見され、当時、酒場で給仕などをしていた酒姫(サーキィ)を絡めた詩は、それこそ挿絵付きで紹介されている。

もっとも、挿絵自体は後の世の出版社の手によるものだけれど。

あわせて、作者のオマル・ハイヤームは当時の知識人として最高レベルの存在だったため、宇宙ギリシャ哲学、地球の自転といった科学的な内容が詩の中に見て取れる。しかし、その根本には輪廻転生虚無主義、世の儚さを嘆くものが多く、19世紀末のヨーロッパで流行するのもうなづける内容である。

以下に、岩波文庫が1949年に発行したルバイヤート(小川亮作訳)の詩を、さらに意訳して記載する。一部についてはそのまま記載する。なお、本来、詩の題名については全て無題であるけれど、分かりやすさを優先する意味で、項目名をそのまま仮の題名として記載する。

編集

酔っ払ってなければ生きてはいけぬ
ワインがなければ身の重さにすら堪えられぬ
酒姫が杯を再び満たすその瞬間
私は奴隷だ、それが忘れられない

編集

死んだら酒でこの身を清めてほしい
墓場に埋めるときも美酒で送ってくれ
いずれ再び世に来るときは
酒場の入り口で待っていてくれ

編集

はじめから自分の意思で来たわけではない
この世から立ち去るのも自分の心ではない
酒姫よ、さぁ、早く酒場を開いて、
この世の憂鬱を生の酒で洗いなさい

酒姫編集

朝が来たぞ、起きるんだ、酒姫よ
再び酒を飲み、琴を鳴らせ。そっと、静かに。
同宿の仲間達が目を覚まさぬように
立ち去った連中が戻らぬように

旅路(岩波文庫そのまま)編集

幾山川を越えて来たこの旅路であった
どこの地平のはてまでもめぐりめぐった
だが、向うから誰一人来るのに会わず
道はただ行く道、帰る旅人を見なかった

酒姫編集

酒姫よ、老いの憂いの波に洗われて
私の酔いは度を過ぎてしまった。
けれど年月の盃が君の酒を喜ぶのは
頭上に霜が降りてもまだ、心に春の風を感じるからだ

虚無主義編集

時の中、何を見、何を聞き、
何を言おうとしたところで、全て無駄だ
世界に出て、地平線の向こうへ赴いても
家の中で一人想いにふけろうとも、全て無駄だ

刹那的編集

見るがいい、哀れに世間を旅する人々を。
楽しむがいい、この一瞬を自分のものとして。
酒姫よ、明日のことなんて何を心配するものか
さぁ、早く君も盃を持て、今宵はまさに過ぎていく!
(英語版ウィキペディアにあるこの作品の挿絵)

七転八倒編集

この詩集には、読み終えた多くの人間、もしくは最初に言葉の意味を調べ、その後で詩をそらんじようとする人々を待ち受ける巨大な落とし穴が存在する。それは、脚注や巻末にイスラム教言葉文化風習といったものを解説する際に、わずかな言葉で記されているにすぎないのだが、いかんせん、その意味があまりにも強烈すぎるため、感動する詩や、オマル・ハイヤームの生き様、さらにはイスラム文化そのものに対して、大・どん・でん・返し、もしくは読み手が本気で七転八倒するしかけが施されている。これは、19世紀だろうと現代であろうと、さほど変わりはない。

さほど、変わりは、ない。

というわけで皆さん、お覚悟を編集

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「イスラーム世界の少年愛」の項目を執筆しています。

事前にウィキペディアにある当該記事に飛んで周辺のリンクを調査した方はもうお分かりですね。そうです、酒姫とは酒場で働く美少年のことです。そして、酒姫たちの仕事が給仕だけだと心底思いたい方に朗報です。

んなわけあるか

詳細は右のリンクを参照ください。あわせて、精神的に大変にきっっっつい記事になっておりますので、それなりに覚悟しといてください。

それでは、再度、ルバイヤードの詩をどうぞ編集

あわせて、一応、ルバイヤートには美女や英雄達を謳い上げた作品も存在しているのでご安心ください。ですが、もちろんアンサイクロペディアでは心を込めて酒姫の作品をご提供します。

心を込めて

編集

酒姫よ、この道を行った旅人たちは皆
あの誇りある大地の胸元で横たわった。
この酒を飲みながら、私の言うことを聞いて欲しい
あの人たちの言った言葉は全てただの風だったと

編集

過ぎ行く時間も、酒や酒姫がなくては無だ、
イラクの葦笛も、その節がなければ無だ。
つくづく、世の姿を眺めれば、
生まれて得したのは楽しみだけ、後は全て無だ。

人生(岩波文庫そのまま)編集

われは酒店に一人の翁を見た。
先客の噂をたずねたら彼は言った―
酒を飲め、みんな行ったきりで、
一人として帰っては来なかった。

関連項目編集