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中曽根康弘

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忌  中
この記事は、四十九日までの間、喪に服しています。

中曽根 康弘(なかそね やすひろ、1918年5月27日 - 2019年11月29日)は、日本風見鶏である。

目次

概要編集

日和る事に関しては達人であり、風見鶏として抜群の性能を誇る。また、風見鶏である事を活かして政治家として出世し、内閣総理大臣としてアメリカ合衆国大統領のペットとなった。飼い主とは「ロン・ヤス」と呼び合い、大変可愛がられたようである。 三角大福の食品添加物としての役割もあり、「三角大福中」として佐藤栄作の後継を三人のおまけとして競った点も風見鶏としての大きな功績である。

右翼片肺不死鳥へ編集

首相就任以降、風見鶏ながら急速に右旋回をはじめ、"戦後政治の総決算"を掲げるが、実態としては前述のアメリカの飼い鳥ペットとして新自由主義政策を実施し、国内を格差のどん底に叩き落とした。

知的水準に関してもかなりの鳥頭のようであり、「黒人は知的水準が低い」「日本に差別されている少数民族はいない」「まあ女の子が書いた文章だから。」などの名言を炸裂させたが誰も気にしない

前述のような数々の失政にも関わらず、バブル経済のようなその場しのぎの好景気を作り出し、衆参同日選挙で大勝したため、自民党の総裁任期を延長させることに成功。党内で不死鳥独裁者として君臨した。しかし、国まるごとの掌握はできなかったようで自民党下野からの復活の際に首班指名で海部俊樹を担ぐが社会党まゆげに完全敗北している。後に自民党から73歳定年制導入を言い渡され、自民党下野の戦犯学歴厨と共に政界を去った。

引退後編集

政界引退後も事あるごとに表舞台に立ち、90歳を超えて100歳に近づきつつあっても、なお健康ぶりをアピールし続けた。「地球が滅亡するその日まで生きているのではないか」「本当に不死鳥になったのではないか」などと噂されていたが、2019年11月29日に老衰のためこの世を去った。101歳没、まさしく大往生であったと言えよう。

関連項目編集