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九龍城塞

< 利用者:弱


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九龍城塞(クーロンじょうさい、Kowloon walled city)九龍城、九龍城砦とは、中国香港特別行政区内に建設された世界初の高密度自己完結型都市(アルコロジー)である。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「九龍城塞」の項目を執筆しています。

概要編集

英国からの防衛の為に築かれた城塞の跡地に周辺住民が集まり、自主的に建設されたアルコロジーで、敷地面積2万7千平方メートル(約200m×100m)、啓徳空港が隣接することによる高さ制限で最大100m、地下70m、地上14層地下10層の高層建築物群の中に公共施設、医療施設、各種商店や工場、一般住居など生活に関わるあらゆる施設が運営され一つの都市として機能していた。人口は最大で5万人とも言われたが解体前の調査で約330万人であることが判明している。

一般的に法や公権力が及ばない暗黒街と認識されているが、実際には独自の秩序に従ったそれなりに規律のある世界であった。主要産業は麻薬の取引、売春賭博など人間の欲望に基づいた健全なものが多く、秘密結社と呼ばれる一種の協同組合が取り仕切っており、独自の警察機構すら有していた。後期には一般住民による自治委員会「九龍城塞街坊福利事業促進委員会(城砦福利会)」の影響力が強まり激しい抗争が生じ(第一次〜三次九龍紛争)、主要産業が食品加工業や製造業など軍需産業に移っていった。治安の面では暗黙のルールが法律の代わりに機能し、カメラを持った観光客のようなスパイ行為は即座に罰せられるなど比較的良く遵守され、当時の香港ニューテリトリー内でも居住者にとっては比較的治安が良い地域であった。

成立編集

阿片戦争後に大東亜戦争での日本の占領を挟んで英国の統治下にあった香港政府と中国との間で領有権が争われていたが、大人の事情によりどちらの法治も受けることなく互いの統治権不可侵領域と化し、住民による独自の自治システムの元に発展していった。

地理編集

香港島と海を挟んで隣接する九龍半島にあり、旧香港国際空港(啓徳空港)の西側約1kmの場所にある。そのため、阿片戦争時には重要拠点として中国軍守備隊が駐留し、城壁が築かれた。大東亜戦争時には啓徳空港の整備資材に城壁が利用され、戦争終結後にその跡地に立てられた。

構造編集

中心に兵舎であった建物を利用したキリスト教系団体の教会と教会が運営する幼稚園、老人センターがあり、それを取り囲むように鉄筋コンクリートの高層建築物が寄り掛かり合いながら密集して立てられている。敷地に全く余裕が無く十分な基礎を築けない城塞内で安定した高層建築物を築くため、深く掘った基礎に2つの建物をある程度の階まで同時に施工していく、すると二つの建物が支えあうように密接し安定する。それを基礎にするようにさらに上層階を施工していく、という高度な施工技術を用いる。

通りは街を南北に延びる大通りが4本、中心の教会を囲む通りと路地で繋がる東西に延びる通りが数本あり、人一人がやっと通れるほどの細い路地が網の目のように繋がっている。大通りであっても人がすれ違う程度の広さしかなく、自転車を使用することはできるが「トラブル」を避けるためにも徒歩での移動が推奨される。

ライフラインは合理性と拡張性が重視され、電力線、井戸水を通すパイプが路地の間や建物の隙間を縫うように絡まり合い、テレビアンテナの同軸ケーブルは屋上に林立するアンテナから直接下ろされて各需要家宅に引き込む。地球温暖化を防ぐために城塞内に張り巡らされたパイプラインから常に水が滴る工夫がされるなど地球環境にも配慮されている。

下層は戦争当時の連絡隧道と基礎工事のための立坑、上層階の増築による圧縮効果で複雑に断片化した構造が混在しほとんど迷宮と化している。成立以降、最深部に君臨する魔王を打倒した勇者は居らず、周囲は旧日本軍の亡霊、年季の入った不法占拠者、ヤクザボス、グレーターニートなどのたむろする魔窟であると言われる。

技術編集

主に中国共産党統治下で弾圧された技術者などがこの地へ逃れたのを中心に独自の技術体系が発達。とりわけ無免許の歯科医師を基礎としたサイバネティクス、ラジオ技師を基礎としたコンピューティング/ネットワーク、ケシ栽培技術を基礎としたバイオ、阿片生成技術を基礎としたケミカル、米彫刻技術を基礎としたナノテクなどが普及した。

政治編集

英国と中国の無能の結果どこの国の法治や政治も受けることなく発展したため、司法・立法・行政の三法を全く必要としない独特の自治システムを持っていた。すなわち自治に必要な機能を分化し、各分野を取り仕切る組織の自己都合によって運営される「組織分権」とも呼べるシステムである。 組織内では規律が守られ非常に秩序立った運営が為される一方、組織間の抗争著しく各人が所属組織の縄張りから一歩も出ない生活を余儀なくされていた。

城砦福利会編集

時報と火災予防を目的とした団体を前身とする一般住民による自治委員会で、公衆衛生や防犯・防災、不動産取引の仲介、城塞の代表として香港政府との交渉役等の業務を担っていた。

秘密結社編集

麻薬売買、売春、賭博の三大産業の取りまとめを行うユダヤ系の協同組合で、城塞内の悪事をある程度管理していた。警察に賄賂を贈り取締りを逃れることもあったが、麻薬中毒者を雇用して清掃活動を行ったり、警察の立ち入れない領域で捜査に協力するなど、治安の維持を積極的に行い警察より役立っている。「14K(サップセイ・ケイ)」「敬義(キン・イー)」「新義安(サン・イー・オン)」「義群(イー・クワン)」の四つの組織が中心となっていた。

キリスト教系団体編集

キリスト教の団体がある程度力を持ち、城塞の中心にある兵舎を不法占拠した複数の団体が教会、幼稚園や学校、老人センター、麻薬中毒者向けの診療所やリハビリセンターなど教育や福祉に関わる施設をキリスト教の布教と自己満足のため運営していた。

終焉編集

1997年の香港返還に伴い、中国共産党はこの不統治地域の解体を決定。世界初のアルコロジー遺跡として保存の必要性も叫ばれたが、高度に発達した先端技術が中国に渡るのを恐れた米国による「誤爆」で跡形もなく吹き飛ばされ、跡地は現在公園として整備されている。

関連項目編集