メインメニューを開く

Uncyclopedia β

東急田園都市線 (2046年)

< 利用者:Ike‎ | サルベージサブページ
曖昧さ回避 この項目では2046年現在の東急田園都市線の姿について記しています。2020年頃の同線については、東急田園都市線 (2020年)をご参照下さい。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「東急田園都市線」の項目を執筆しています。

東急田園都市線(とうきゅうでんえんとしせん)とは、東京急行電鉄鉄道路線であった。首都圏大手私鉄の中では珍しい赤字ローカル線である。以前は東京メトロ半蔵門線東武線に乗り入れしていたが、採算が取れなくなり、三者協議の結果廃止となった。

概況編集

列車は渋谷〜溝の口で1時間に1本、溝の口〜長津田で2時間に1本で、日中は5時間も空くことがある。車両は1000系など2〜3両のワンマン列車のみである。また、準急「こうほく」も走っているが、まもなく廃止になる模様。以前は梶ヶ谷〜中央林間は複線であったが、乗客が激減し、需要もまったく見込めなくなったため、本数削減とともに単線にした。このおかげで乗客はますます激減し、線路沿線は廃墟だらけになってしまった。東急は溝の口〜長津田の廃線も視野に入れているという。ほとんどの駅は無人駅である。

なお、1日に上下4本ずつ、特急「スーパーでんと」「でんと」が運転されている。「スーパーでんと」列車は、8500系(2代目)の6-8連で運行され、東武動物公園前まで乗り入れる。かつては、横浜球場の最寄りである関内駅へ乗り入れる臨時特急の「DeNAベイエクスプレス」も運行されたが、横浜球団の身売りにより全廃され、あわせて桜木町駅構内の渡り線も撤去された。

だれかの手記編集

そろそろ21時を回り繁華街の人通りも少なく、終電も迫ってきたので、
席をはずし、渋谷駅の田園都市線乗り場へと向かった

コンコースの照明は薄暗いが、ホームレスの溜まり場であった通路は昨年に全て閉鎖され、
出口は1箇所だけに縮小されたので、悲しいほどのだだ広さは感じられない。

地下3階のホームに下りると、21時14分の長津田行き最終急行を待つ人が数名。
沿線住民の急激な高齢化と減少に加え、3年前に片側24車線の新246バイパスが開通して以来、
当線の利用者も激減し、列車本数も大幅に削減され、利用者がゼロに等しくなった駅は廃止された。

やがて5分遅れて急行が入線。10両分あるホームに3連はやはり不釣合いだ。
転換クロスシートに身を沈めて窓外に目をやる。
ほどなく浮かび上がる不気味なシルエットは、一昨年廃止された池尻大橋駅の残骸。
荒れ果てた三軒茶屋での乗り降りはゼロで、
3両で15人余りの乗客を乗せた急行は、二子玉川から地上に出る。

90km/hくらいは出してるだろうが、並行するバイパスの車は100km/hを軽く越える流れで、わが列車を追い抜いていく。
地上に出ても目に付くのは廃ビル、廃マンションの類ばかり。
あれは5年前に閉店した玉川髙島屋かと思えば、頭上を第二東名の高架が跨ぐ。

溝の口で客の大半は下車し、残るは私を含めて3人。
梶が谷の廃駅跡を過ぎて、既に照明を落とした宮崎台、宮前平を通過すれば、
左には鷺沼の廃車置場である。たった数年しか使われなかった5000系もある。
かつては毎朝始発列車を待つ人で殺気立った雰囲気さえあったと聞く上りホームは、
今は見る影も無く、崩れかかっている。

ここから先の乗客は私一人で、列車は青葉台までの7kmを走る。

青葉台で最後の1人を降ろした列車は長津田へと走り去る。
この駅も無人化されて久しく、改札口すら跡形もない。
かつては駅の周りにはいくつものビルが建ち並んでいたというが、
今、駅の周りにあるのは、片側10車線化された環状4号だけだ。

ホームから降りた階段の下に止めておいた自転車で、自宅に向かった。


路線データ編集

 
乗客がほとんどいないので、全ての駅が今や このような有様。
  • 路線距離(営業キロ):31.5km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:15駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:渋谷〜二子玉川、高津〜梶ヶ谷信号場(駅付近を除いて全てガントレット(単複線))
  • 複々線区間:二子玉川〜溝の口
  • 電化区間:全線
  • 閉塞方式:タブレット閉塞
  • 最高速度:120km/h (建設時の設計上の最高速度、なお、通常は各所で15km/h徐行)

営業編集

副業編集

この通り田園都市線は廃線寸前の状況である。昨年度の営業係数は1400というみじめな結果に終わった。東急では悲惨な財政状況を改善して、路線を延命しようと、駅係員が濡れせんべいを販売している。この濡れせんべいは、田園都市線の各駅で買える他、インターネット経由でも買うことが出来る。その他には、東急リバブルの営業社員に頼めば、戸建て住宅のおまけに濡れせんべいをもらうことが出来て、収益金の一部が鉄道運行費用に寄付される仕組みである。鉄道ファンの注文が殺到しているため納品は6ヶ月待ちの状況である。

この濡れせんべいは口コミで評判となり、現在では東急で最も収益をあげている事業の一つとなっている。そのため、田園都市線の廃止に踏み切れないジレンマに陥っているとする論調もある。

繁栄と衰退の歴史編集

  • 1966年(昭和41年)4月1日 - 溝の口〜長津田間開業。長閑な沿線風景が広がっていた。
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 長津田〜つくし野間開業。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - つくし野〜すずかけ台間開業。
  • 1976年(昭和51年)10月15日 - すずかけ台〜つきみ野間開業、全線複線化完成。
  • 1977年(昭和52年)4月7日 - 渋谷駅〜二子玉川駅間が新玉川線として開業。
  • 1977年(昭和52年)5月25日 - あざみ野駅開業。
  • 1977年(昭和52年)11月16日 - 田園都市線と金玉皮線を直通する快速列車を運転開始。
  • 1977年(昭和52年)12月16日 - 二子新地前駅をアッチの人がうるさいため二子新地(ふたごあらち)駅に改称。
  • 1978年(昭和53年)8月1日 - 新玉川線が営団地下鉄(現・東京マゾヒスト)半蔵門線と直通運転開始。
  • 1979年(昭和54年)8月12日 - 田園都市線から新玉川線を経由して半蔵門線方面へ直通運転を開始。
  • 1983年(昭和58年)1月22日 - 渋谷〜長津田間で急行運転開始。今では考えられない10両編成運転も開始した。
  • 1984年(昭和59年)4月9日 - つきみ野〜中央林間間開業。
  • 1989年(平成元年)12月4日 - 田奈1号踏切道の廃止・立体交差化によりのちに無駄となる踏切ゼロ路線となる。
  • 1996年(平成8年)4月26日 - 快速をすべて急行に移行。同時に急行運転区間を全線に拡大。
  • 2000年(平成12年)8月 - 新玉川線(二子玉川〜渋谷)を田園都市線に編入。
  • 2002年(平成14年) - 新型車両2代目5000系導入(その後2030年に全車東横線に転属)。
  • 2003年(平成15年) - 東武鉄道と直通開始。
  • 2008年、長津田検車区にて大量の車両がE231系のコピーが気に入らない束厨によって破壊される。
    エクストリーム・謝罪1回目。「破壊されて謝罪」
  • 2010年、車両が破壊されて、直すのがめんどくさかったからという理由だけで東横線に5000系の5118、5119、5121、5122編成を8両にして転属。
  • 2020年、各地から中古車を購入した。107系103系113系東武8000系西武101系などを改造したそう
    エクストリーム・謝罪2回目。汚物導入で謝罪」
 
津波で壊滅した渋谷駅前。水没部分はシブヤン海と称する。
  • 2023年、南関東地震で渋谷〜二子玉川間が破壊される。ついでに中古車の大半も破壊された。
    エクストリーム・謝罪3回目。「線路が無くて謝罪」
  • 2024年、導入したばっかりの5000系を8両編成に組み替えて目黒線へ転属させる作業を開始。この頃、6扉車が全廃になる。
  • 2025年、続いて5000系を10両で東横線に転属させる作業を開始。また、2000系が制御装置更新の上全編成東横線へ転属。(東横線はすべての駅で10連化対応済)
  • 2026年、ようやく渋谷〜二子玉川間が8503億円をかけて復旧させる。が、これが衰退の原因であった。
    エクストリーム・謝罪4回目。「赤字で謝罪」
  • 2027年、沿線住民の高齢者の割合が7割を超える。また、大井町線に5000系を6両にしての転属開始。相鉄東急直通線が完成したおかげで中央林間・小田急線大和経由相鉄利用者が0人になる。
  • 2030年、準急が廃止にされた。同時に田園都市線の5000系の残りを長野電鉄、伊豆急行に売却。
    エクストリーム・謝罪5回目。「勿体無くて謝罪」
  • 2031年、高津暴動で高津駅が破壊される。そのまま廃止になった。
    エクストリーム・謝罪6回目。「仕方ないので謝罪」
  • 2033年、つくし野駅・つきみ野駅が廃止にされた。
    エクストリーム・謝罪7回目。「廃止して謝罪」
  • 2034年、廃車が決まっていた8500系と8590系、南関東地震を免れた中古車を使用し続けることを決定、全車6両編成に。
    エクストリーム・謝罪8回目。「汚物ばかりで謝罪」
  • 2035年、グランベリーモール閉店、南町田駅も廃止にされた。
  • 2036年、大井町線の溝の口までの乗り入れが廃止にされた。大井町線・目黒線の5000系改造車を5両化させたうえで田園都市線へ転属させる。
    エクストリーム・謝罪9回目。「廃止して謝罪」
  • 2037年、高津〜溝の口の複々線が撤去された。
  • 2038年、髙島屋二子玉川店が閉店した。
  • 2039年、半蔵門線東武線への直通運転が廃止にされた。ついでに鷺沼検車区も廃止にされた。そして長津田工場の機能が元住吉に移動。元住吉工場発足。
    エクストリーム・謝罪10回目。「廃止して謝罪」
  • 2040年、池尻大橋駅・田奈駅が廃止にされた。6両編成2本が廃車に。
  • 同年9月、梶ヶ谷〜宮崎台でトンネルが崩壊。ついでに梶ヶ谷〜鷺沼間がATCを撤去した上で単線に。
    エクストリーム・謝罪11回目。「路線維持できなくて謝罪」
  • 2041年、新246バイパスが開通。乗客が前年度と比べ、8割も減る。まあ既に乗客は激減していたが。
    エクストリーム・謝罪12回目。相模野ライトレール建設するから謝罪」
  • 2042年、長津田〜中央林間で唯一残っていたすずかけ台駅がにされた。全車3両編成に。6両編成7本が廃車。
  • 2043年、梶ヶ谷駅が信号所に格下げ。市が尾駅・江田駅・宮前平駅が廃止、鷺沼〜中央林間がATCを撤去した上で単線になった。そして、全区間が交流100Vになった。交流用の装置はJR酉日本から貰った。
    エクストリーム・謝罪13回目。レールガンの博打行為に謝罪」
  • 2044年、急行が廃止になり、1000系(18m級3両編成、元羽田エアポートライン)を6編成導入して他の車両を廃車。
    エクストリーム・謝罪∞回目。「廃線処理に謝罪」
  • 2046年、中央林間駅-長津田駅間が、ついに廃止された。
    エクストリーム・謝罪∞回目。「廃止して謝罪」

各駅の様子編集

 
この画像は1977年の開業当時のあざみ野駅であるが、それから69年が経った現在もこのような感じである。
 
坂を登るのも大変です。
 
青葉台の未来 もともと谷間にあった駅なので、川になってしまいました。
 
東急田園都市線のほとんどの駅がこんな感じ。
 
多摩川橋梁。国道246号から
  • 渋谷駅 - 東急が管理していて、半蔵門線と共用していた。長らく東京メトロや東武の列車は結構やって来るというのに東急の列車は全然来ない状態であった。ちなみに全駅の中では、一番メンテナンスが良い。(東横線のお陰)現在は東急単独管理で、ラッシュ時でも人影はまばらである。まあ、東横線と副都心線のホームは恐ろしいぐらいに混んでるんだけどね。
  • 池尻大橋駅 - 完全に内装が剥がれていて、悲惨な状態になっている。噂ではグルーの巣窟になっているという。
  • 三軒茶屋駅 - 池尻大橋と比べるとマシだが、やはり内装は所々剥がれている。京王に買収された世田谷線と比べると見劣りする。
  • 駒沢大学駅 - 学生が利用するが、ほとんどの乗客は別の交通機関を使うため、やはり寂しげな様子がうかがえる。今後5年以内の廃駅が検討されている。
  • 桜新町駅 - 一応、急行が各停を追い抜かせるような構造になっているが、列車が少なすぎるため、全然活用されていない。無論乗客も少ない。今後5年以内の廃駅が検討されている。
  • 用賀駅 - エイトライナーに乗換えが出来る筈なのだが、京葉線東京駅以上に不便なため、やはり乗客は少ない。
  • 二子玉川駅 -かつて高島屋や遊園地で栄えていた時の面影は無くなり、ホームは殺風景に満ちている。大井町線にすぐ乗り換えができるためか、それなりの乗客はいる。なお、大井町線は溝の口から二子玉川まで廃止になり、旗の台から大井町までの廃止も検討している。
  • 二子新地駅 - 内側の線路は廃車予定の車両の置き場所になっている。DQNのゴミ捨て場と化している。2040年をもって廃駅が決定した。
  • 旧高津駅 - ホームが完全に焼けていて、余計に悲惨さが漂っている。
  • 溝の口駅 - 南武線に接続しているが、南武線の乗客の多くは田園都市線の本数の少なさを嫌い、京王線や小田急線など別の路線を利用する。その為この駅の利用客は少ない。それでも、田園都市線内では上から数えたほうが早い。
  • 梶ヶ谷信号所(旧梶が谷駅) - ホームは完全に解体され、あるのは信号と折り返し線に車庫のみである。中央林間側の上りトンネルは崩れている。
  • 宮崎台駅 - 博物館があるため、どうにか存続している状態である。しかし博物館は2040年に大倉山への移転が決定し、同時に廃駅される事が決定した。電光掲示板は壊れている。
  • 旧宮前平駅 - 屋根が崩れて危険な状態になっているが、放置されている。
  • 鷺沼駅 - 旧鷺沼検車区があり、廃車置場になっている。ホームはヒビ割れが入ってボロボロである。
  • たまプラーザ駅 - 廃墟マニアでは有名な旧東急百貨店たまプラーザ店がある。駅の駅員室跡には廃墟ノートまである。
  • あざみ野駅 - 付近の建物がほとんど廃墟になっているか、解体されている。まるでこの駅が開業した当時に戻った様である。横浜市営地下鉄あざみ野駅は廃止にされた。まあ、横浜市営地下鉄ブルーラインは新百合ケ丘まで延伸したから問題ないんだけどね。
  • 旧江田駅 - 昔は通過線が存在したが、撤去されて単線になっており、やっぱり悲惨である。
  • 旧市が尾駅 - ホームが解体されたため、ただのトンネルと化している。
  • 旧藤が丘駅 - かつては通過線が存在したが、撤去された。現在ホームの撤去工事が始まっている。
  • 青葉台駅 - すぐ近くに改札があったが解体され、跡形も残っていない。ホームもところどころ穴があき、非常に危険な状態である。今後5年以内の廃駅が検討されている。
  • 旧田奈駅 - 誰も覚えていないほど住宅は寂れ、ホームは解体されている。
  • 長津田駅 - 横浜線こどもの国線に接続している。車庫も存在する。構内を観察すると、横浜線の列車は1面なのに列車が頻繁に来るのに対し、田園都市線は2面なのに列車が全然やって来ず、悲しい気分に陥る。そのため、田園都市線のホームを横浜線のホーム拡幅用の土地にする案が地元から出ている。ちなみにこどもの国線に至ってはワンマン1両で朝夕1往復のみで、2040年をもって廃線が決定した。まあ、恩田の工場も元住吉に行ったけど東急テクノの引き込み線のため恩田までは線路をとっておくけどね。
  • 旧つくし野駅 - 駅が解体されたどころか、住宅も解体されたため、何も無い。
  • 旧すずかけ台駅 - 灰になったため、線路付近が灰まみれになっているが、放置されている。
  • 旧南町田駅 - 駅やグランベーリーモール全体が幽霊屋敷になっている。電車は全力で通過するらしい。
  • 旧つきみ野駅 - ホームが解体され、ただの直線になっている。周辺は田んぼになっている。
  • 中央林間駅 - 地下駅であるが、旧博物館動物園駅並にボロボロで暗い駅になっていた。

路線荒廃の原因編集

ライフルの管理センターが江田と市ヶ尾の間にあり、通勤する社員の社宅が沿線にある。同社にはやくざっぽい社員が大杉な為、束厨とライフル社員と東急電鉄駅員の間でエクストリーム・暴力が発生したのが関連している。

田園都市線の各駅は一時期は旧新玉川線区間(渋谷~二子玉皮間)からまるで海綿体が膨らむかのように人口が膨張していったが、現在では旧新玉川線区間も含めて利用客が急激に収縮してしまった。その原因を二子玉川園の廃園に求める説も存在するが、単なる田園都市線のEDであるとの結論が下った。

関連項目編集

  この「Ike/サルベージサブページ/東急田園都市線 (未来)」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)