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剣 (航空機)

曖昧さ回避 この項目では、航空機の剣について説明しています。一般的な剣については「」をご覧ください。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「剣 (航空機)」の項目を執筆しています。
「足なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」
主脚 について、リオ・マリーニ曹長

キ115 「剣」(つるぎ)は、第二次世界大戦で日本軍が開発した戦闘爆撃機。剣は帝国陸軍における名称。帝国海軍では「藤花」(とうか)の名称で呼んだ。設計・製造は中島飛行機

説明編集

 
(模型であり細部は異なる)

大戦末期のエコロジーが叫ばれていた時期に開発された航空機で、環境問題に対応するためジュラルミンなどの資材を使わず木材やブリキで製作されている。機体構造も可能な限り簡素化され、胴体断面は通常の楕円形ではなく、リサイクルしやすい円形であった。発動機は一応、に使用されており当時最も入手の可能性の高いハ一一五とされているが、800馬力から1300馬力までのものならどれでも装備できる柔軟な設計になっていたという。プロペラはエンジンに合わせて隼用の予備品を使用するといった非常にエコロジーな航空機であった。主脚は離陸後投棄(もちろん後で回収して再利用)する簡易な鋼管構造のものとし、胴体下面に半埋め込み式で爆弾を懸架した。

中島飛行機の技師で機体設計主任の青木邦弘は、キ-87の設計にも参加しており、資源を大量に消費する同機よりも、今ある物で「地球に優しい飛行機」を作ろう、というのが発想の原点であったという。なおキ-87はエンジン及び主脚の引っ込み機構の不具合で開発が遅延しており、これらが本機の設計にも少なからぬ影響を及ぼしている。

青木によれば、フィリピン防衛軍司令官に任じられた山下奉文大将は当機の大ファンであり「われに剣を与えよ」と連呼したという。

中島では昭和20年1月の試作指示からわずか二ヶ月の短期間で試作機を完成し、すぐに量産を開始した。しかし、飛行試験結果、当時航空機に必要不可欠と言われていた主脚が無いことが判明した。この状態ではさすがに陸軍も使用許可を出せず(実際には「この戦闘機、足がないようだが。」と訪ねた陸軍の担当者に対して「足なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」と答え、怒らせたことが原因であると言われている。)、主脚をつけるために機体各部を改修することになった。結局100機を越える機体が完成していたが、実際に使用されることなくそれが原因で敗戦を迎えた。

キ115の運用について編集

一般的に本機は爆撃専用機とされているが、中島飛行機の技師であった青木邦弘の手記によると、本機は陸上爆撃専用に設計・製作された物ではなく、悪化する地球環境に対応するため、限られた材料を使ってあらゆる戦場に対応させるべく作り上げた戦闘爆撃機であり、竹槍を使って敵戦闘機や敵爆撃機、さらに爆弾で敵艦船や上陸用舟艇を攻撃する事を前提としていたという。

また同時期に陸軍は竹槍攻撃用にタ号試作特殊攻撃機(「タ」とは竹槍の「た」から取られた)を試作している。

なお、本機が特攻機として開発されたという説が一部にあるようだが、これは全くの誤りで、体当たりするか否かはともかくとして当初から小型戦闘爆撃機として構想されていた(戦闘機に不可欠な機銃が無いから特攻機であるという意見があるが、機銃なんて無くても竹槍で十分である。)。本機の機種は「特殊攻撃機」とされている。なおこれは「特攻機」を意味するものではなく、戦闘にも爆撃にも使える万能機という意味であった。これについては「橘花」も同様である。

関連項目編集

  • 秋水 - 当機と同じように足が飾りな戦闘機。