メインメニューを開く

Uncyclopedia β

地震予知連絡会

地震予知連絡会


所在地 〒305-0811
茨城県つくば市北郷1番
電話番号 029-864-1111
英名 The Coordinating Committee for Earthquake Prediction
通称 予知連
設立 1969年
政治目的 根拠のない地震の予知
助成金の不正な獲得
公用語 日本語
関連団体 火山噴火予知連絡会
地震防災対策強化地域判定会
地震調査委員会
ウェブサイト 地震予知連絡会

地震予知連絡会(じしんよちれんらくかい、通称予知連)とは、日本の政治カルト団体の一つ。「地震は予知できる」と主張し、「地震の可能性がある」とみだりに発表することで「国民を救う」ことを目的としている。またその活動資金が国土地理院から30年間以上・4000億円に渡って拠出されてきたことも問題視されている。

目次

概要編集

予知連は正式な地震学会では未だ理論的に完成しておらず、また成功したこともない[1]地震の予知を「可能」と主張し[2]、根拠不明な数字に基づいた予測を発表することで、地震研究に対する助成金を獲得することを目的とした政治カルトである。現在の構成員は30名から50名程度であると推定されているが、殆どのメンバーは国公立大学の大学教授・国土地理院の有識者などから成る。

年間数十億円以上の活動資金を得て活動しているが、発表した予測が当たったことは1度もない[3]。また戦後最大級(当時)の死者数を出した阪神淡路大震災、世界最大級にして国内史上最大の地震である東日本大震災も予測できなかった

だがそれにも反省することはせず、2014年2月17日には「地震予知連絡会」という名称を変更しないことを決定。現在でも根拠不明かつ科学的に曖昧な推論に基づいた予測をマスコミインターネットに対し発表し続けている(「今後4年以内に東京でM7以上の地震が発生する確立は70%以上である」など[4])

理論編集

理論的支柱編集

予知連の論理的な支柱としては1962年に記された「ブループリント」と呼ばれる文書がある。これは地震予知全体に対する今後の見通しについて当時の文部省に提出される報告書として記されたもので、正式な名称は「地震予知―現状とその推進計画」という。内容はあくまで当時の科学的な経験則から「今後10年に渡って観測を続ければ地震予知の可能性が明らかになるだろう」と結論付けたものであり、決して「地震予知が可能になる」と述べたものではないのだが、これを「地震は予知できる」と記した公的文書であると主張しているのが現在の予知連である。現在ではこの「ブループリント」は見通しの甘さ、科学的根拠の薄さなどが批判されているが予知連ではこれらの批判を一切認めていない。

地震に対する立場編集

 
2008年の確率計算。この3年後に東日本大震災に襲われる仙台が震度6弱以上の揺れに襲われる可能性は2.8%だと評価されている

巨大な地震は長期的観測を行い、リスク評価を行えば予知できると主張している。そのため46億年の地球の歴史の中で、100年程度の蓄積しかない近代的な地震の記録が長期的な記録であると信奉している。また数億年単位で変動するプレートの動き・大地震の記録は、地層に残されたせいぜい数万年程度の津波の記録から完全に明らかであるとしており、それに基いて確率分布グラフを作成し「地震の発生確率は60%以上ある」などと主張している。予知連では東海地震の発生確率もこのように算出しており、「今後30年間にM7以上の地震は87%である」としている(なおこの数字も確率計算の過程で操作されていることが数学的に明らかになっている[5])。

これらの数字はあくまで経験則であり、自然科学で最も重視される「観察や実験が重視された結果の帰納的結論」ではない。宝くじに当たる確率計算と本質的には変わらない[6]ため、その理論的な正当性は疑わしいのだがそれらに対する批判は予知連では一切認めていない。

活動編集

国民へのデマの発表編集

地震大国である日本では、常に国民は巨大な地震の脅威に晒されている。この環境を利用し、専門家として過度に国民の恐怖を煽るのが予知連の使命であると錯覚している。特に東北地方太平洋沖地震以降、国民は地震に対し敏感になっているため「富士山は噴火する[1]」などと宣伝することは非常に有効であると考えており、特にテレビやワイドショーでの特番に出演することは「国民に危険性を周知する」として頻繁に行われている。

ちなみに「日本周辺の地殻構造からして、地殻はM8.8以上のエネルギーを溜め込むことはできない。ましてやM9など日本では起こりえない。あれはチリやスマトラ、アラスカなどでしか起こらないことだ」と2011年3月まで主張していた学者たちがこういった宣伝行為を行なっているのは今となっては黒歴史である。メディアも一切触れていない。

活動資金の税金からの搾取編集

予知連の主な活動目的は「地震研究のための助成金の獲得」である。国民に対し科学的根拠の薄い予測(いわゆるデマ)をばら撒くのも、そのための下準備であると指摘されている。

具体的には、まず「首都直下型地震はいつ起きてもおかしくない」といったデマを故意に流す。そのようにして国民の不安を煽れば当然、国民から防災関連に予算を割くように求める要求が政府に行くようになっていく。財務省もそのような要請を受けて予算を拠出するようになる。結果として「地震は予知可能である」という立場を取っている予知連に、毎年50億円~100億円程度の研究助成金が毎年振り込まれるのである。このようにして30年、4000億円以上が研究助成金に消えていったと見られている。

その上、毎年支給される助成金のうち半分程度は大学へ研究資金へ消えており、その使途は不明である。つまり助成金を受け取った大学は「どんな研究にその資金が使われたのか」「その研究は本当に地震予知に役立つのか」という疑問に対し一切の回答を拒否している。だが大学が発表する研究内容から鑑みるに、地震の予知ではなくプレートテクトニクス(大陸移動説)やマントル対流研究・地震観測など基礎理論の研究資金へと消えていると見られている。

ちなみに、いくら地震の基礎理論の研究などをしても地震の予知には何の役にも立たない。理論上の水における沸騰の研究と「この気圧下における、この器具の火力によって温められた水道水はいつ沸騰するか」という個別の事象に対する研究が全く別であることからも明らかであるように、基礎理論の研究と地震予知の研究は本質的に異なるのだが、そういった批判も例によって予知連では受け入れられていない。また4000億円もの税金を役に立つかどうか分からない基礎理論やオカルトと呼ばれる地震予知に使うのならば、防災や効率的な避難計画の策定などに予算を拠出すべきであるという指摘も数多くなされているが、そういった批判も認めていない。こういった批判を受け入れない姿勢は、毎年数十億円にも及ぶ助成金が利権と化していることの証左であると見られている。

歴史編集

設立まで編集

予知連の歴史はデマ・誤報・欺瞞・嘘から始まった。古くは1947年、地理調査所(現在の国土地理院)の研究員が三浦半島の地殻変動から「第二次関東大震災の危険性がある」という誤報を流し、戦後間もない頃の社会混乱をさらに加速させた。また京都大学の教授が唱えた「関西地震説」や、東北大教授による「新潟地震説」、気象研究所の研究員が唱えた「福井地震説」「秩父地震説」など、さまざまな情報が錯綜し、地震の誤報・デマは頂点に達した(ちなみに福井地震は実際に発生したため、「次は秩父だ」という噂が盛り上がって疎開騒ぎにまで発展した)。このような有識者による相次ぐ誤報・嘘は学者の研究予算獲得のためとも言われているが、学者一人ひとりのデマの拡散ではその効果は薄く、実際に当時の日本の財政がかなり厳しいものだったこともあり予算獲得はならなかった。

1960年代に入ってから日本は高度経済成長期を迎え、地震研究に十分に予算を割くことが出来るようになった。そこで地震の予知を行うための文部省への報告書「ブループリント」が作成され、地震予知の精度向上に対する今後の見通しについて簡単に述べられたことにより、文部省が地震予知部会を立ち上げた。だがブループリントで述べられた「10年間で100億円投資すれば予知の可否が分かる」という記述は、次第に「10年間で100億円投資すれば地震予知が出来るようになる」という記述に読み替えられていくことになる。なぜこのような故意の読み替えが起こったのかといえば、もちろん地震研究のための予算獲得を目指す一部の学者の運動の影響があったためである。もともと地震学を初めとした地球科学分野は他の物理学や化学といった基礎科学と比べれば何倍も地味な分野であり、予算も基礎科学の方に回されてしまうことが多かった。そのために自分の研究の活動資金が欲しい地震学者が「投資すれば地震予知は可能になる」と主張し、国から税金を搾取しようとしたのである。

この目論見は、1964年新潟地震が発生したことにより見事に成功した。「新潟地震のような惨劇は地震の予知ができていれば起こらなかった」と主張することで、「地震の予知」に対し国が投資するという方向性を決定付けたのである。また1968年十勝沖地震も予算が欲しい学者に有利に働いた。「十勝沖地震は定期的に発生する地震である。これを観測するための十分な観測網を整えれば次の地震を予知できる」と主張し、その翌年の1969年に予算獲得のための政治カルト団体「地震予知連絡会」は誕生した。

設立後編集

その後、毎年数十億円が有識者の研究資金として拠出され、使途不明のまま消えていった。助成金を受け取った地震学者は、実際には地震の基礎理論に対する研究をしていたので地震の予知に対する研究は何一つ進まなかった。そこで1976年に見直し建議がなされたが「地震予知に関する研究は急速に進みつつあるがまだ投資が必要」という方向性でまとまり、当初10年で終わる筈だった地震の予知の可否に関する研究は不必要な延命が図られることになった。その後10年ごとに「まだ投資が必要」という立場を取り続け、東海地震対策の名目で拠出される税金の規模も次第に大きくなっていった。

1990年代でも「地震予知」の名目で「地震の基礎研究」を続けていた予知連は、当然ながら1995年阪神淡路大震災を察知できず6000人を越える死者を出す結果になる。これに対し様々な分野から批判が相次いだために1997年に「地震予知計画の実施状況等のレビューについて」という報告書を提出。この報告書において予知連は「発生箇所や危険地域の解明が進んだだけでも十分に価値がある」とし、予算を獲得する組織としての予知連は延命を図られた。

そして2011年東北地方太平洋沖地震が発生。またもや批判が噴出するも、予知連は組織の解体はおろか「地震学の進歩を世に知らしめるためにも、予知連の名称は変えない」という謎の論理で名称の変更すら拒否。現在でも存続している。

脚注編集

  1. ^ 1975年に発生した中国の海城地震のみが行政が事前に警報を出したことで被害を軽減できた例だが、これはあからさまな前震現象を利用した予報であり前震がない地震に応用できないことが指摘されている。
  2. ^ 予知連が用いる正確な表現は「非常に困難」だが、これは「非常に困難(であるが不可能ではなく、結局のところ予知は可能である)」という文脈で用いられている。さらにここで「非常に困難」という常識的に見えるお膳立てをすることで、国から巧妙に税金を騙し取る際の口実の一つとなっている
  3. ^ 1973年根室半島沖地震のみ2ヶ月前に予想しているが、具体的な対策は何も行わず結果として26名の負傷者を出した。何ら対策を取らないまま負傷者を出しておきながら「予知できた」と主張するのは無理がある。
  4. ^ 東大教授の有難いお言葉からそのまま引用。
  5. ^ こちらを参照。サンプル数を故意に下げることで発生確率を上げることが出来る。
  6. ^ 実際のところ、宝くじの当選確率の方が地震より遥かに厳密に計算できる。地震とくらべて宝くじは「当選金額(地震の規模)」や「当選枚数(地震の数)」「今持っている宝くじの枚数(歴史的な流れにおける現在の状況)」などが明らかだからである。

関連事項編集

この項目「地震予知連絡会」は、嘘です。よく近所の物知りおじさんが教えてくれた豆知識も大抵は嘘です。アンサイクロペディアを真に受けてはいけないのです。大事なのは、ジョークを笑い飛ばす心の広さです。