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太平洋戦争の真実

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畏クモ天皇陛下ハ御自ラ全臣民ノ爲ニ
本項ノ全内容ヲ天覽遊ハサレタリ
Naval Ensign of Japan.svg 大本營認可
本項ノ全文章及全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニ依リ認可セラレタリ
全臣民ノ爲ニ畏クモ現人神タル天皇陛下ハ御自ラ本項ニ御目ヲ通サレ給ヘリ
此ノ項目ノ内容ヲ疑フハ現人神タル天皇陛下ヲ疑フト同義ニシテ
誤リタル思想ヲ持ツトセラルヽ場合ハ政治犯思想犯トシテ内亂罪ノ對象トス

太平洋戦争の真実(たいへいようせんそうせんそうのしんじつ)とは、教科書に決して書かれる事が無い、太平洋戦争に関しての歴史の重大事実である。

目次

太平洋戦争はコミンテルンによる陰謀編集

第二次世界大戦当時、日本が北進し対ソ戦に突入することを恐れたヨシフ・スターリンがコミンテルンなど国際的な共産ネットワークを使い、日本の目を対ソ戦から逸らすために太平洋戦争を仕組んだという、恐るべき事実である。

  1. ルーズベルト政権の財務長官補佐官ハリー・デクスター・ホワイトは、実はKGBのエージェントであった。
  2. 「ハル・ノート」の原型である「モーゲンソー試案」を作成したのは、このホワイトである。
  3. そして日本は、この「ハル・ノート」によって戦争に追い込まれた。

ハリー・デクスター・ホワイト(1892年1948年)は、ボストンに生まれ、高校を卒業するとすぐに実社会に出て仕事に就いた。第一次大戦に従軍し、帰還してから1924年スタンフォード大学に入学し、学士の資格を得て、翌年修士の資格を得た。のちハーバード大学の大学院に入り、1935年に博士号を得ている。
1934年には、財務省に新設された金融調査官というポストに政府職員として就職。次に国際財政問題専門家として指導的地位につき、さらに財務長官補佐官へと進んだ。対日提案の起草は、この時期の仕事である。
しかし戦後、ホワイトは元「同僚」スパイたちの「告発」を受けることになる。1948年7月末、既に共産党スパイであることを告白していたエリザベス・ベントレイという女性が、下院の非米活動委員会で、「彼に会ったことはないが、ホワイトはワシントンの共産党エリート分子のひとりだ」と語ったのである。ベントレイの証言によれば、ホワイトは、共産党の党員や同調者を政府機関の影響力のある地位に就けるために、補佐官としての自分の影響力を利用したことがあったという。
ホワイトは直ちにベントレイの告発を否定し、彼女の証言は、自分がこれまで聞いたもっとも途方もない作り話だとする声明を委員会に提出した。しかしそのわずか2週間たらず後の8月16日、ホワイトはニュー・ハンプシャー州の自分の農場で心臓発作のため死去。これにより事件はうやむやのまま終結し、真相は闇に葬られた。
だが1999年、旧ソ連の暗号文書を解読した「ヴェノナ文書」の公開により、ふたたび問題が明るみに出た。この文書の中において、1944年から1945年にかけ、ホワイトがKGBにもたらした電文情報は、解読済みのものだけでも15件が含まれていたのである。

以上の事実により、現在では太平洋戦争はコミンテルンによる陰謀だというのは、教科書には今だ書かれていないものの、誰一人として疑念を挟む余地の無い事実となったのである。田母神俊雄など識者は、この疑いようの無い事実は教科書にも掲載されるべきだと、強く訴えている。

太平洋戦争はアジア解放の聖戦編集

昭和初期、米国はフィリピンを、英国はインド・ビルマ・マレー半島を、フランスはインドシナを、オランダはインドネシアを植民地としており、アジアが白色帝国主義諸国により植民地支配される中、唯一の独立国であったのは日本だけであった。
そしてアメリカらに宣戦布告した日本は、たちまちアジアを席巻し、ヨーロッパ人の支配から多くの国を解放したのである。
1943年、日本が主催した大東亜会議には、日本によって独立をなした、あるいは独立の過程にあった、多くの国が参加している。具体名をあげると、中華民国南京政府:汪兆銘行政院長、満州国:張景恵国務総理大臣、フィリピン共和国:ホセ・ラウレル大統領、ビルマ国:バー・モウ内閣総理大臣、タイ王国:ワンワイタヤーコーン親王、自由インド仮政府首班:チャンドラ・ボースらである。
残念ながら日本の敗戦によって中途で目的は頓挫したものの、この日本の正義の行いを礎として、アジア各国はその後、独立を獲得していき、日本はアジア解放に大きく貢献したのである。

「日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは一体誰のおかげであるか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」
太平洋戦争 について、タイ王国元首相:ククリフト・プラモード

結論編集

以上の事実から言える結論。それは…

コミンテルンはアジアを解放した正義の味方である!

関連項目編集