対偶(たいぐう)とは、うまく使うと難しい命題をスマートに証明し、周りから頭がよさそうに見られるが、あまり調子に乗って使うと間違って恥をかいてしまうもろの論理である。

概要編集

対偶の性質編集

命題「AならばB」に対して、「BでないならばAではない」という命題を対偶と言う。 命題「AならばB」の真偽とその対偶「BでないならAでない」の真偽は必ず一致する。

元の命題「AならばB」を証明することが難しくても、その対偶「BでないならAでない」を証明することは比較的易しい場合がある。 「AならばB」と「BでないならAでない」の真偽は一致するので、このようなときには対偶「BでないならAでない」のほうを証明する事で、「AならばB」を証明できる。(対偶論法)

日常では、「英語がわからないなら勉強しろ。勉強しないってことは、おまえは英語が分かっているってことだろ?」と、教師生徒を脅すときによく使われる。

この論法を日常生活で考えると、対偶という論理が間違っているんじゃないかと思ってしまう場合がある。 たとえば、「人はお腹がすいたらご飯を食べる」が正しいので、その対偶「ご飯を食べないならばその人はお腹がすいていない」も正しい。しかし、この対偶は正しくないことは自明である。なぜなら、金が無い・食料が無い・断食中等の理由で食べない人もいるからだ。

このからくりは、「人はお腹がすいたらご飯を食べる」というのは常に真ではないというところにある。つまり、お腹がすいてもご飯を食べない場合があるからだ。 対偶論法により、対偶「ご飯を食べないならばその人はお腹がすいていない」は常に真とは限らないので、 元の命題「人はお腹がすいたらご飯を食べる」も同様に常に真とは限らないということが分かる。

ブラック企業のクソ経営者共は、しばしば「鬱は甘え」と言う。つまり、対偶に従えば、「鬱(A)ならば甘え(B)」であると同時に「甘え(B)でないなら鬱(A)ではない」ということになり、この世に鬱病患者はゼロになるので、クソ経営者共はこの理論に従い社畜を過労死するまで使い潰すことが出来る。

ところが、これは対偶とか云々以前に、「鬱は甘え」という前提そのものが間違っているとんでもない詭弁である。しばしば、支配者層はこの手の詭弁を用いて社畜や派遣を騙して搾取しようとする。

アンサイクロペディアを例にあげれば、「NRVを張られる記事ならばどうしようもない記事である、どうしようもなくはない記事ならばNRVは張られない」という対偶が形成される。しかし、実際にはどうしようもなくはない記事にもNRVは張られる。何故かと言うと、どうしようもないか、そうではないかは貼り付ける人間の主観に依存しているところが大きいからである。論理的に同値でなければ対偶は成立しないので、この理論も破綻している。つまり、エクストリーム・NRV貼り付けプレイヤー共はソフィストの集まりということになる。

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一方、命題「AならばB」に対して「AでないならばBではない」という命題のことを(うら)というが、 こちらについては、元の命題と裏の命題の真偽が一致することが広く信じられている。

元の命題が偽であることを証明することはしばしば困難を伴うが、裏の命題が偽であることを証明することは比較的易しい場合が多い。 裏の命題が偽であることを示せば元の命題が偽であると結論付けることが出来るため、 裏の命題が偽であることを示して相手の主張を覆すという手法が議論において一般的に使われている。

この手法を活用した最近の例は、2007年2月6日の国会における野党である。 柳沢厚生労働相の結婚して子どもを二人持つ者は健全である」 という意見に問題があることを示すために、 「子どもを二人持たない者は不健全だということになるではないか」 という発言で反論を加えた。

元の命題の対偶を取ると、「健全でない者は、結婚して子どもを二人持つということはない」であるが、 「健全でない者」は「結婚して子どもを二人持つ」こともあるので、 柳沢厚生労働相の発言は必ずしも正しくないことが分かる。

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また、命題「AならばB」に対して、「BならばA」という命題のことを(ぎゃく)という。 裏の対偶は逆である。こちらも、裏と同様にもとの命題との真偽が一致することはよく知られている。

例えば、「日本の現在の総理大臣安倍晋三である」の逆は「安倍晋三は日本の現在の総理大臣である」であるが、 現在の日本の総理大臣は安倍晋三、ただ一人だけであるので、元の命題もその逆も成り立っている。 仮に安倍総理が何らかの理由で辞職したとすると、元の命題もその逆も偽となるので、真偽は常に一致する。 この場合、「日本の現在の総理大臣」と「安部晋三」はis-a関係であるので、逆も成り立つ。

一致しない例として、「動物である」の逆は「動物は人である」。 これは、明らかに成り立たない。「人」と「動物」はpart-ofの関係であり、関係が逆転してしまうとおかしい。十分条件が成り立つからといって、必要条件が成り立たつとはいえない。

関連項目編集

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「対偶」の項目を執筆しています。