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我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』(われわれはどこからきたのか われわれはなにものか われわれはどこへ行くのか 仏: D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)とは、ゴーギャンによる、絵よりも長い名前でインパクトを与えようとした意欲作のことである。以下、『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』のことを、『我どこ』と略す。

目次

概要編集

『我どこ』は、ゴーギャンの最高傑作である。しかし、『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』は、描かれた他所にもいそうなタヒチの裸女たちよりも哲学ぶった題名の方が印象に残ってしまう。題名も絵画の大切なポイントであるが、これでは題名だけあやふやに思い出してどんな絵だったか思い出せない人も出てくる。  

『我どこ』は、題名を凝りすぎて、一見すると肝心であるはずの絵画がおまけになってしまった悲しい例である。しかし一部のマーケティング評論家は無意味に長い名前にして注目を惹きつける『ロングネーム商法』の先駆けとして高く評価しているという。

なおゴーギャンは『我どこ』以外にも、『頭のかたちをした花瓶と日本の版画のある静物』というロングネーム作品を残している。これに至っては絵に描いてある物をそのまま題名にしているだけだろう。

後世への影響編集

長い名前で注目を集める手法は『我どこ』以降、あらゆる分野で使われるようになった。以下に『我どこ』の影響下にあると考えられるネーミングの一例を挙げる。

  • 『全宇宙がそこへ向かって収束するペルピニャン駅のどまん中で、突然巨大なマルタ十字に変形するかもしれない空の前の冬眠が隔世遺伝した状態にあるミレーの晩鐘の悲しみにくれる二人の人物を見ることのできるダリの芸術作品「ポップ、オプ、そうそう、ポンピエ」の上の無重力の状態にあるダリを見つめているガラ。』
ダリの絵画の題名である。人に読ませる気のない題名である。
余りにもあからさまなロングネーム商法である。宗教臭が半端ないが、株式会社であることが驚きである。
ある漫画のタイトルであるが、ちょっと何言ってるか分からない。

世間の評価編集

「この絵画は記憶喪失について語っているに違いない」
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか について、Aさん(高校2年生)
「この絵画はなんとなく描いて、題名もなんとなく決めたんだ」
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか について、Bさん(高校1年生)
「この絵画は人生を表しているんだ。だってウィキペディアにそう書いてあるんだもん」
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか について、Cさん(中学3年生)

上記の感想は国際信州学院大学が2018年に実施した「『我どこ』鑑賞者へのアンケート」の調査結果から抜粋したものである。アンケートに寄せられた感想のほとんどは『我どこ』という題名についてのもので、作品に描かれた女性や仏像について言及したものはわずか数例しかなかったという。

関連項目編集

外部リンク編集