「新御徒町駅」の版間の差分

4 バイト追加 、 2011年1月15日 (土) 09:36
(冒頭部)
 
==御徒町を守る人柱として==
1990年代に膨張し変貌した「趣都」秋葉原。そこへ来る途方もない量のオタクさんたち。彼らは有害とは言えないまでも、無害であるとはとてもいえぬ存在であり、その流出にどの近隣地域も応対に苦慮していた。オタクに登録制を、オタクに許可制を、あるいはオタクに即時退去を、という声が聞こえる中で、一番の強硬派は台東区の御徒町・上野・鶯谷の住人であった。彼らはあらゆる手段を講じてオタクを封印しようとしていたが、功を奏さず打開策は見出せなかった。そんな中、オタクを封じ込めるのではなく、横流しにするのはどうかという案が出された。すなわち彼らに筋道をつけて流せば十分な[[ガス抜き]]になり、アキバ系オタクの膨張主義を無にすることができると考えたのである。しかしそうはいっても、誰がネコ(オタク)に鈴をつけるのか、ということでまた話は暗礁に乗り上げた。どこの自治体も尻込みし、激論が飛び交う中、「元浅草」の佐竹町商店街とおかず横丁の関係者がオタクをひきつける人柱になることに名乗りを上げたのである。この犠牲的精神にその場に居合わせた誰もが涙したという。最終的に大江戸線の駅はわざと誤解を生むように、当初の「元浅草」から「新御徒町」へと名前が変更されることになったのである。
 
==オタクの封印列車==
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