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砂遊び

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「砂遊び」の項目を執筆しています。

砂遊び(すなあそび)とは、世界中で行われている土木工事である。

目次

一般的な砂遊び編集

  1. そうだ、砂遊び、しよう。
  2. 太郎君は水を汲んできて。ボクは池を作るよ。
  3. 早く流して!ジャ――、すごーい!おかあさん見てみて。おおきな池ができたよ!

学生版砂遊び編集

  1. よし、太郎は水を汲んで来い。俺はダムを作るよ。
  2. よし、できた。そしたら太郎、水を流せ!ダムの一部が決壊して川ができるからさ。
  3. 太郎、カーブの外側を石で固めろ!そうしないと土が削られて周辺自治体に被害が及んでしまう。
  4. あ、あと川ができたから河川管理事務所を設立しよう。所長は石原慎太郎だ。ここは架空の世界だから都知事が所長だって関係ねぇ!
  5. よし、国土交通省を設立しよう。
  6. いいだろう。なら二級河川を作ろう。この土地を潤すのだ!
  7. そうだ!管理事務所の職員を採用しよう。おっ、希望者がいっぱいだ。あいつこいつそいつを採用したぞ!だ・か・らここは架空の世界。職員がこいつらでも関係ねぇんだよ!

歴史編集

古代
 
古代版砂遊び
砂場が普及していなかった時代、人々は活気に満ち溢れていた。革命的な文化の礎を築こうと多くの人が立ち上がった。
ある者は溝を掘り、ある者は道路の整備、ある者は家の土壁を塗ったりと人々は砂遊びに熱中していた。
古代人の砂遊びは、現代文明の礎を築いたのだった。
近代
戦争の世紀、砂遊びは残酷な歴史を作り上げ、悲惨な歴史とともに歩んだ。
戦場では、兵士たちは砂遊びに夢中になっていた。兵士たちが掘った穴には無数の地雷が埋められ、尊い命が失われた。
太平洋戦争末期、日本でも砂遊びは沢山行われてきた。
人々の家の庭先には、砂遊びをしたと思われる痕跡が残っていた。空襲警報が鳴った途端、人々は真っ先にそこに逃げ込む。
長野県の松代では、天皇陛下を守るため必死の砂遊びが行われてきた。人々は、その砂遊びの跡を「松代大本営」と呼んだ。
空襲の際も砂遊びは行われていた。町が燃える中、人々は泣き叫びながら必死に砂遊びに励んだ。燃え盛る炎に向かって必死に砂をかける。しかし、彼らの砂遊びは町を守ることができなかった。
戦後
戦災から復興し、新たな時代の到来を告げる。砂遊びも新たな時代を迎える。
それは、地上だけではなく地下でも行われるようになったのだ。
砂遊びの跡には、地下鉄が張り巡らされた。砂遊びも機械化の時代、人々は手で砂をふれることはなくなり、手にはいつでもケータイやゲーム機があった。
砂遊びは完全法人化を迎えた。人々は手で砂に触れることはなくなった。しかし、数々の土木会社が行ってきた砂遊びは、新時代の幕開けなのかもしれない。

関連項目編集


君たちの「砂遊び」は、新しい時代の幕開けだぁ!。さぁ、君たちも私たちに協力してくれないか。 (Portal:スタブ)