花巻蕎麦
花巻蕎麦(はなまきそば)とは、種物の一種である。
概要編集
『守貞漫稿(もりさだまんこう、幕末における江戸の風俗・文化を記した書物[1])』にその名が見える。掛け蕎麦に焼き海苔を揉んで散らしただけのシンプルなもので、他の薬味(刻みネギ、山葵、ゴマ、紫葉漬け、茗荷ほか)は一切添えずに供する。馥郁たる海苔の香りが散ってしまわない内に一気にたくし込むのが通とされ、忙しい職人たちによって愛されたと言われている。
花巻編集
この「花巻」という言葉を冠した経緯については諸説があるが、そんなものを知っていたところで何の自慢にもならない。江戸っ子は薀蓄を語るヤツが大嫌いなのである。
作り方編集
用意するのは蕎麦を食べる分と浅草海苔(産地は特に問わない[2])を好きなだけ。掛け蕎麦の作り方は各自で創意工夫してもらうとして、好みに煮上がった蕎麦を投入した丼に熱い汁[3]をぶっかけ、そこへしっかり焙って[4]香りを最大限に引き出した浅草海苔を素早くパラパラともみほぐして蕎麦の上に万遍なく振り掛ける。ここで気の早い素人さんは一気呵成に掻き込んでしまうのであるが、いやしくも江戸の蕎麦通を自負するなら丼に合った蒸らし用の蓋(かけ蓋)を用意しておき、心静かにカチリと閉めて、待つこと3秒。この3秒が、蕎麦に海苔の香りを移し、かつその食感を失わない(湿気きらない)絶妙なタイミングなのである。かくして出来上がったら素早く蓋を外し、一心不乱に掻き込んで後に、鼻から抜ける残り香を楽しむのが真の蕎麦通[要出典]というものである。
薬味編集
しつこいようだが、薬味はつかない。海苔の繊細な香りを殺してしまうためであり、いったい何のために海苔を添えたのかがわからなくなってしまうからである。ちなみに花巻蕎麦を注文すると単品の掛け蕎麦に比べて料金が100円ほど高くなるが、それも浅草海苔が一帖あたり3000円ほどするためであり、決してぼったくりではないのである。また、野暮天に限って「おい、この店は薬味も出さないのか」などクレームをつける事もあり、相手が客だから仕方なく出さざるを得ないのであるが、その時の蕎麦屋の悔しさと言ったら言語に絶するものである。
通人は”花巻”。いいそばで、いいしたぢで、それにいいのりをぱらりっとかける。 香気もいいし味もいい。これはこののりが千金の値打ちなのに”なぜ薬味をつけねエ”という文句をいふ人がある。 しようがないがお客だから出す。ねぎをのりの上へぱらぱらとやる。あゝ、もうおしまいですよ 出典:藤村昇太郎『麺類杜氏職必携』(昭和二年)より。
参考文献編集
- 藤村和夫『江戸蕎麦通への道』NHK出版、2009年